最高裁判所第二小法廷 昭和56年(行ツ)27号 判決 1982年1月22日
東京都大田区大森北三丁目三番八号
上告人
株式会社明輝電機製作所
右代表者代表取締役
中村輝夫
右訴訟代理人弁護士
高梨克彦
東京都大田区中央七丁目四番一八号
被上告人
大森税務署長 有賀秀雄
右当事者間の東京高等裁判所昭和五三年(行コ)第四一号源泉所得税納税告知処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五五年一〇月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人高梨克彦の上告理由第一点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第二点について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原判決を正解しないでこれを非難するか、あるいは独自の見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮崎梧一 裁判官 栗本一夫 裁判官 木下忠良 裁判官 塩野宜慶)
上告代理人高梨克彦の上告理由
第一点 原判決の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな採証法則の違背がある。
原判決理由欄二において「いずれも原本の存在と成立につき争いのない甲第一号証の一ないし六、同第二号証の一ないし四、いずれも成立につき争いのない乙第一ないし第一三号証、同一四号証の一ないし五五、同第一五ないし第二八号証に弁論の全趣旨を綜合すると被控訴人が役員賞与であるとする認定判断は、何人にとつても疑を容れる余地なく、かつ容易になし得るものであることが明らかである」旨判示して、これを基礎として当該給付にかかる所得は源泉徴収の対象であるとする結論を導いている。しかし、右認定判断は、単に株主名簿の記載自体のみならず、その配当金の支払先を振込先銀行預金口座にそつて追い求める作業によつて、右名簿の記載に反する名義株主を確定したうえ、報酬、給与各額の多寡、役員退職事由、被控訴人の担当業務内容と経営支配権との交錯度合など種般の具体的事情を綜合勘案し、これが認定に反する方向に働らく心証作用よりも同認定に向う心証効果が相対的に優越すると判断した結果はじめて得られるものであつて、これが検討(右資料収集作業を含む)は、決して通常人の容易になしえて、かつ、最初より一義的に明白であるが如き性質のものとは異なり、きわめて専門技術的な高度の作業と複雑な推認方法を用いて可能になるものである。
したがつて、これを「何人にとつても疑を容れる余地なく、かつ、容易になし得るものであることが明らかである」とは言えず、その認定が複雑かつ困難なものというべきであるから、原判決は採証法則に誤りがあるものにして、その判決結論は判示とそれと逆のもの(源泉徴収の対象たりえないもの)とすべきであつた、と思料する。
第二点 原判決には最高裁判所判例に相反し、かつその他の法令の解釈の誤りがあり、これらは判決の結論に影響を及ぼしうるものである。
一、最高裁判所第一小法廷昭和四五年一二月二四日判決(民集二四・一三・二二四三)に相反する点
源泉徴収の法律関係における国、支払者、受給者の三者間の法律関係について、右判決は支払者の納税義務の範囲(徴収すべき税額)と受給者の源泉租税債務の範囲(徴収されるべき税額)との一致が、現行源泉徴収制度において当然に予定するところであることを前提としている。
そしてこれら両者の額は最終的に受給者の申告所得税に組入れられこれに一致せしめるよう過不足清算されることによつて、その概算部分前払性が解消されるのである。原審は支払者の源泉納税義務と受給者の本来の申告所得税納税義務とは同一性がないから、両者を関連させて清算調整することはありえない、と判示する。
しかし源泉徴収制度は前記の如く、申告納税制度に対して徴収面に限定した便宜的技術手段にすぎず、それ自体独立して完結した機構とはいえず、本来の申告納税制度に対して有用である限度においてその存在理由があると法は予定しているからこそ源泉所得税を申告所得税に組込むという関連性をもたせるべく前記過不足再計算による同一化という清算措置を設けているものである。
したがつて、原判決は、右判決に反して支払者の源泉納税義務と受給者の同義務とその申告所得税納税義務との関連を切断した違法の解釈を基礎として判断されたものである。
二、法令の解釈に誤りがあり判決に影響を及ぼす点。
所得税法一三八条一項は、源泉徴収制度において前記徴収手段として法の予定する正常な運行がなされた場合を前提として、本来の申告所得額にくらべて源泉所得税の前払的過払部分を、受給者(支払者ではない)に還付することにしている。
これに対し、同条二項は、右制度が不適法な運行をした場合、正常な運行においては当然受給者に還付すべき税額を、支払者の源泉納税義務の履行が完了するまで、受給者に対して還付しない、とするものである。そして、一、二項におけるこの部分の金額は、還付されるか、それが一時留保されるか、に拘らず、特に確定申告書にその旨源泉徴収票等を添付するか、明細書を作成するか、しなければならない、旨詳細な手続規定が設けられているのである(所得税法施行令二六七条一、二、三項、同法施行規則五三条一項二号)。
すなわち、この場合は、原裁決も判示する如く、「受給者は国と直接の法律関係に立つというべき」であつて「その間の直截の解決調整をはかるためのものであると解される」のである。そして、右直接関係性及び直截の解決調整性は、右一項の「その都度適切な源泉徴収の手続が終了した」場合のみならず、右二項の「適切な右徴収の手続が運行しえない」場合においても,前記明文の規定をもつて同様の関連性をもたらしているものと理解できるのである。
そう考えると、確定申告における「再計算」は「同一性がないから清算調整ではない」とはいえず、前記組入れる瞬間に同一性を顕在化、具体化し(それ以前は同一性の潜在化ともいえる)、受給者の本来の所得税納税義務の内容として支払者の源泉納税義務が吸収され同一性格化するに至るものと観察できるのである。
この両者の関連性に着目すると、受給者の本来の所得税納付義務の適正固定化をはかるためには、確定申告においてその納付済如何を問わず、「源泉徴収されるべき所得税額」を掲げる以上、前記一三八条二項のように還付しない、という調整措置をはかつて結果の具体的適正化を図るというのだから、それなら、前同様「既に固定化された適正」な「受給者の本来の所得税納税義務」を動揺させて、ことさら不適正化をはかる必要は全くないのであつて、既に過不足再計算を実施しうる確定申告措置が経由できないとすれば、直截に支払者の源泉納税義務がなく、告知処分もできない、として、既に固定化し、適正性を獲得した租税債務関係の安定をはかるべきとする解釈だけが結果の妥当性を導くものと思料する。
したがつて、前記一三八条一、二項と同様に、国と受給者とが直結する関係場所として、受給者の本来の所得税納税義務が増額更正され得ない(更正の期間制限を経過して)段階に至つたときはその増額更正すべきであつた所得税額について、告知処分をなしえない、と解すべきである。
これと異なる結論を導く解釈をなされた原審は、法令の解釈に誤りがあつて判決に影響を与えたものというべきである。以上いずれの諸点よりするも原判決は違法にして破棄せらるべきものである。
以上